小林工業のロハスな家

お客様の満足、納得のいく家づくりが基本です。
ロハスな家創り日記
eye_heart_new

図画工作と機械いじりが大好きだった少年時代

私の生まれた家は「井筒屋」と言う屋号の鍛冶屋で
朝早くから「しばしも休まず槌打つ響き…タン・タン・タ・タ・タ…」
鉄の焼けた火花飛び交う鍛冶工場を遊び場に物作りの中で育ちました。
小学校では図画工作が得意で人とは違うオリジナルにこだわっていました。
小学校3年生の時に父親が農機具店を開いたのがきっかけで
農耕用のエンジンがオモチャとなり、父親から故障したエンジンを2台与えられて部品を組み合わせて1台を復活させるのを楽しみにしていました。そして、私が直したエンジンはお客様に活用されて脱穀や水揚げポンプを回します。
小学生が工具箱を自転車の荷台に載せて農機具の出張修理にまわる姿が話題となりました。そして、工業高校の機械科へと進路は進みます。
図画工作と機械いじりが大好きだった少年時代

祖父 小林清包 (刀匠)


自然豊かな九州での青春

自然豊かな九州での青春

大学は機械科を父親に勧められながらも…
建築への思いを抑えきれず建築科へ進みます。
大学では家業の手伝いからも解放されて自由奔放に暮らします。
クラブ活動はアメリカンフットボールに熱中
アルバイトはお弁当屋さん・ちり紙交換・造園屋に始まりOBS大分放送の映像スタッフや人材派遣業や造園業も行っていました。
心温かい九州の方々に見守られて成長させて頂いた4年間でした。


世界を知る

大学時代の締めにと友人たちとヨーロッパへ旅することになります。
福岡空港から香港・タイ・パキスタンと経由してギリシャへ
イタリアから地中海沿いにフランス・スペイン
夜行列車でパリ、空路でロンドン、最後はドイツを巡る長旅
憧れのガウディー・コルビジェの作品を巡ります。
現在のデザインの根幹を見つける旅となりました。
世界を知る


家業を継ぐ

大学を卒業後、親の進める商社で商売の基本を習得の後に家業の農機具店に帰ってきます。
山間部の美作で農業は衰退分野、かねてから準備してきた建築の分野に方向を変える為に一級建築士の取得に注力して25歳で合格、折からの好景気と若手建築家としての評価もいただいて大型の工場物件を数多く受注します。
この時期に建築会社としての基盤を築きます。
しかし、どんなにECOで使いやすい工場を作っても感動までは至らず、客先となる大手企業の工場進出も東南アジアへと移ります。


求めていたのは感動の家創り

求めていたのは感動の家創り

もっと心に響く仕事がしたい。
愛する家族と幸せを育む「住まい」を創りたい。
どこよりも安心・安全
そして、省エネでECOに暮らせる
その準備として住友林業のイノスグループに加盟して、
国内トップレベルのハウスメーカーの技術とノウハウを手に入れています。
安心の基盤を基に世界各国を旅して得たデザインと
日本有数の木材産地「美作」の木材を活かすと共に
ドイツ・北米の研修で学んだ断熱・省エネノウハウを備えた
人にも地球環境にも配慮した「LOHASな家」を開発しました。


ロハスな家を日本中に広めたい

お陰様で施工実績は年々増加し岡山県内各地より依頼を頂くようになりました。
ロハスな家のエコで快適な暮らしが話題となり口コミにより業績が拡大している状態です。
わずかな光熱費で安全・快適な暮らしを長期にわたり持続できる家創りノウハウを日本全国の工務店と共有し、互いに研鑽してより良い家創りの輪を広めてゆきたいと思っています。
地域工務店の活力が地域の経済と住まう方の安心・安全・快適を支えています。
「ロハスな家創り研修会」の開催を通して地域工務店の技術力強化と絆を深めています。

ロハスな家を日本中に広めたい

第5回 ロハスな家創り研修会in北海道2014


世代を超えて愛される住宅会社に

創業1898以来真面目に正直に一生懸命にお客様に喜んでいただける物作りに取り組んできました。
鍛冶屋から農機具店、鉄工所、総合建設業、住宅会社へと時代の潮流に合わせて生業は変化してきましたが、物作りに対する精神は世紀を超えた今も不変です。
住宅の寿命も30年から100年を超える高耐久へと進化しました。
私たちの建てる「ロハスな家」は3世代~4世代と住み続けて頂ける事と確信しています。
だからこそ、メンテナンスと新たなライフスタイルに合わせるリビルドなど常に最新技術とデザイン力を身に着けて、世紀を超えてお客様に愛され続ける住宅会社でありたいと思っています。

世代を超えて愛される住宅会社に

Since1931 コルビジェ作 サヴォア邸 (パリ)

世代を超えて愛される住宅会社に

Since1936 アルヴァ・アールト自邸 (ヘルシンキ)


小林工業について 事業案内 社長の想い